『検証ホツマツタヱ』バックナンバー総目次

20140625114705

◇創刊号から30号まで
◇31号から60号まで
◇61号から70号まで
◇71号から最新号まで

<創刊号> H14.6.15

発刊に寄せて
宮永光雄

ヲシデ文字によるアイウエオ
編集部

『ホツマツタヱ』概説
中川幸三
はじめに
「ホツマツタヱ」とは
「ホツマツタヱ」の成立
いつ誰が何のために
「ホツマツタヱ」の内容紹介
トヨウケ
ツハモノヌシ
ワカヒメ
オモヒカネ
むすび

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
まえがき
第一章ホツマツタヱの発見
ホツマツタヱとは何か
この書はいつ誰が書いたのか
「ホツマ」とは何のことか

ホツマツタヱの暦の考察
吉田六雄
まえがき
月に関する古語
月に関するホツマツタヱの呼称
ホツマツタヱとは
ホツマツタヱの暦日を作った人たち
スス暦(訳:鈴暦)とは
アス暦(訳:天鈴暦)とは
スス暦・アスス暦の暦記載部の抜粋
スス暦の抜粋
アスス暦の抜粋
ホツマツタヱ・ヱトの作られ方
学界の定説とホツマツタヱの暦
ホツマツタヱの暦法
スス暦・アスス暦の歴史の先導性

原文と現代訳 ホツマツタヱを述ぶ
今村聰夫

ホツマよもやま話・ホツマの銅鐸
芝村正

ホツマ語源辞典・和歌の語源
なるほど彦

編集後記

<第2号> H14.8.17

ホツマの心・『雅(みやび)』の本意
編集部

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第二章ホツマ神話①
『記紀神話』以前に『ホツマ神話』があった
原初神が記紀で統一されていない理由
『ホツマツタヱ』のタカマ(記紀の高天原)は天上界でない
クラゲと鶏の子の接点
『ホツマツタヱ』の天地開闢記事は五カ所
クラゲと鶏の子が対応する
方言辞典を重視しよう記紀編者はホツマ文字も見ていた
『ホツマツタヱ』のウビの翻訳
葉木国野尊も『ホツマツタヱ』にあった

ホツマツタヱの暦の考察
吉田六雄
アスス暦の暦法の立証
日ヱトの簡易検算式
簡易検算式での日ヱト計算と結果
日ヱト簡易検算式の精度
一ヶ月の日数について
アスス暦と日本書紀の暦の比較
アスス暦の太陽太陰暦の証明
アスス暦の太陽太陰暦の足跡
アスス暦の太陰太陽暦の立証
おわりに

原文と現代訳 1アヤ
ホツマツタヱミハタノハツ キツノナトホムシサルアヤ
今村聰夫

神代系図
編集部
神代家系交流図
編集部

ホツマよもやま話・ホツマの壺
芝村正

ホツマ五行の話
浅木若子
キツヲサネ・アミヤシナウ(十一神)と五臓六腑(ヰクラムワタ)について

ホツマ語源辞典・いきさつ『経緯』の語源
なるほど彦

読者の声・『トの教ゑ』って何ですか
赤坂元
編集後記

<第3号> H14.10.19

ホツマの論点
編集部
一日のはじまり

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第二章ホツマ神話②
天孫降臨はなぜ出雲でなく南九州か
過去は簡単に忘れられてはならない
『ホツマツタヱ』のイミ名は性別を明示
千位置戸はホツマ刑法の痕跡
直径相続は原典の通り
『記紀神話』の評価
ニギハヤヒの詳しい説明
モノヌシの意味も詳しい
『ホツマツタヱ』の漢訳名の一つ『帝王本紀』

原文と現代訳 2アヤ
ホツマツタヱミハタノフ アメナナヨトコキミノアヤ
今村聰夫

ホツマツタヱ暦の一考察・オトタチバナ姫の年齢
吉田六雄
オトタチバナ姫
オトタチバナ姫の生まれ年
オトタチバナ姫の半生
オトタチバナ姫を祭る神社
検証・オトタチバナ姫の神社
オトタチバナ姫の独り言
オトタチバナ姫の終焉地
オトタチバナ姫の御歳

ホツマよもやま話・ホツマの壺
芝村正

ホツマの植物
編集部
チヨミ草(ハラミ草)

ホツマ語源辞典・つき『月』と、さか『坂』の語源
なるほど彦

読者の声・記紀の知識が必要ですか?
赤坂元

編集後記

<第4号> H14.12.21

ホツマの論点
編集部
文字の存在

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第三章 誤訳①
なぜ大八洲が七種もあるのか
天皇の和名を誤訳した記紀
ホツマ文字を読み違えた皇后名
記紀にイミ名(幼名)が混入した

読者の声 Q&A
朝間ヒラク
五十音図の存在?
ヤ行とワ行?
「カナ」と「カモ」?

原文と現代訳 3アヤ
ホツマツタヱミハタノミ ヒヒメミヲウムトノノアヤ
今村聰夫
タカマの祀り 発展経過 図表

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
アスス暦
マサカキを植えて数える
百七十九万二千四百七十穂
「ニニキネの天孫降臨を起点とする」は誤り
30鈴875枝30穂
アマテル神が道を開かれた年を起点とする数値根拠
鈴・枝・穂
合理的なホツマ・ヱトの60進法
先達の知恵
アススア暦の一年間の平均日数

ヒナ祭りの発祥の地 発見記
高畠精二

ホツマよもやま話・ホツマの銅鐸その2
芝村正
編集後記

<第5号> H15.2.15

ホツマの論点
編集部
さけ 梟の古名  あだなぐさ「徒名草・仇名草」 桜の異称

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第四章 誤訳②
カニハタトベはカマハダトベの誤訳
イワカ・ムツカリは先祖か子孫か
鰐になった后の物語は不合理
津田史観の限界
古田武彦の誤認
「尾ある人」も誤訳だった
「大熊」は「オヱクマ」の誤訳
カンカシヒメと神夏磯媛(カムナツソヒメ)
「タケモロキ」は「タケモロ」の誤訳
記紀で崩れた「討ちしてやまむ」の元歌
『秘められた古代史ホツマツタヱ』の「一言もない」は誤訳
コトシルシ(異兆)なし

倭人伝の読み落としをホツマで読む・ 陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
まえがき
発想飛び
「発想飛び」でわかること

原文と現代訳 4アヤ
ホツマツタヱミハタノヨ ヒノカミノミヅミナノアヤ
今村聰夫

読者の声・東北地方は重要な地?
赤坂元

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植ゑて数える(2)
マサカキの本数「五百」と「二十」
マサカキ実植え本数と神名の数
三百六十五枝の記載を「憶測」で数える
「枝」を「日」に読み替え可能か
「ホツマツタヱ・ヱト」を数字で表すと「穂」になる
「穂」と「一日」の関係
アマテル神の御歳
故水上氏の「スス暦説」について

ホツマの真実
宮崎和歌子
「オトタチバナヒメの独り言」に寄せて

ホツマよもやま話・ホツマの銅鐸 その3
芝村正

ホツマ語源辞典・サイカチイバラとミミズクイバラ
なるほど彦

編集後記

<第6号> H15.4.19

ホツマの論点
編集部
サネザネシの歌の背景

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第五章 誤訳③
狭い国を得て「すばらしい」と歌うか?
ハツカシなど十品部の誤訳(垂仁紀)
不合理な名「媛タタライスズ媛」
タタラについて
福岡県添田町庄原遺跡が最古の弥生製鉄遺構
オオタタネコの居住地は「ミノ」か「チヌ」か
カヌナガワ(二代綏靖)宝算のの誤訳
「朝霜の」は「天刺し物」の誤訳
モモソ姫の箸墓の歌の誤訳
ソエ(後見)をショエ(庶兄)とねぎ曲げ

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
第二章 日本の記事が載る中国の史書
日本ことが載る中国の歴史書など
第三章 陳寿の人となり・范曄の人となり
陳寿の人となり
陳寿を信用する人、しない人
范曄が『後漢書』で陳寿の記事を訂正

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマの銅鐸(四)

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植えて数える(3)
スス暦の時代の長寿・年齢
研究仲間
長寿の秘訣
今の世はただの二万歳行きなるる
二万歳の「月の食の回数」
現代人との寿命比較

ホツマ語源辞典 五
なるほど彦
「めし」の語源
「さくら」の語源

私の中のホツマツタヱ 初めての人にもわかる オモヒカネ物語(前編)
中川幸三
はじめに
神代からの標準
ご神明について
神様の種類
名前の種類
ヤツココロ
ヤモト神
十一神
キアヱの暦
五母音
ヤマサ神
オゴロ神
揉み手に秘められた秘密
組織・国家の在り方
国家の命運を担う建築の神様

原文と現代訳 5アヤ
ホツマツタヱミハタノヰ ワカノマクラコトバノアヤ
今村聰夫

ヌバタマの画像
編集部

編集後記

<第7号> H15.6.21

ホツマの論点
編集部
稲作の起源とルーツ

「特別寄稿」松本先生をを偲んで、、、
今村聰夫

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第四章 誤訳④
幼児の謎歌「玉萎鎮石(たまものしずし)」の原型
タマモシヅ
出雲とは何か
イヅモの古名サホコ
マグサ・マジ
カヨミオシフリ
ミコソ宝
ミカラヌシ
ウマシミカミ
ヤモ=萎縮
「謎歌私訳」
「トガマ」は「トガモ」の誤訳
ホソタハヤの証明
『ホツマツタヱ』でわかるヤスミシシ
『古事記』の「三太子」は誤訳
記は六人のヲミコを三人に減らし太子と漢訳
「新治・筑波」は「ニイハリツ・ツクバ」だった
「酒褒めの歌」の崩れ

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
第四章  倭人の国が「ワ」と呼ばれた理由
倭人の国がなぜワと呼ばれたか
第五章  倭・倭人・女王国・邪馬台国
朝貢した女王国(九州邪馬台国)は弱国だった
倭国と日本の使者が唐でけんか
旧唐書と新唐書の混乱は范曄『後漢書』の記載「狗奴国」が原因
陳寿の「北岸」から范曄の「西北界」へ

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマの銅鐸(五)

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植えて数える(4)
スス暦時代の「一日」を求めて
一日とヱトの関係
アヱ・ヤヱ
中五日(1)
五十鈴の千枝の二十年
スス暦を式で解読する
中五日(2)
スス暦時代の「一日」

ホツマ語源辞典 ⑥
なるほど彦
「ハナ」の語源

私の中のホツマツタヱ 初めての人にもわかる オモヒカネ物語(後編)
中川幸三
おいたち
逆プロポーズ
1. 捨てられたヒルコ
2. 舟魂
3. ウタ名人
4. 一目惚れ
5. オモヒカネ
息子はアマテルカミの側近
岩戸開き
鏡の臣
夫婦の鏡
皇子守り
日垂るの時
まとめ

原文と現代訳 6アヤ
ホツマツタヱミハタノム ヒノカミソフキサキノアヤ
今村聰夫
図表 熊野権現速玉大社の割り符
図表 アマテルの十二妃と五男三女

編集後記

<第8号> H15.8.16

ホツマの論点
編集部
方言はヤマトコトバの名残か

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第六章  改悪 ①
男性指導者アマテルを女神に改悪
天照大神が女神では不合理な理由
弟の治世を夢見た大來皇女(おほくのひめみこ)
私解
『万葉集』では天照大神より大国主命の方が多い
紀の系図一巻が消えた理由
三種の神器の原型
大祓の祝詞と『ホツマツタヱ』
スサノヲの古形はソサノヲ

ホツマ語源辞典 ⑦
なるほど彦
ロレツの語源

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
第七章  邪馬台国は三十カ国の盟主ではない

読者の声
赤坂元
『読み解き異端古代史書』(大和書房)田中勝也著 について

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマと古武道 ①

原文と現代訳 7アヤ
ホツマツタヱミハタノナ ノコシフミサガオタツノアヤ
今村聰夫
画像 岩戸でウズメが用いた植物
ヒカゲノカズラ(日陰蔓)
チガヤ(茅)
オケラ(朮)

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植えて数える(5)
スス暦の季節や月相
古代史との出会い
ウオヒルギの生まれ
スス暦の時期に「ゾ」始まる
「ゾロ」の始まり年代の考察
60ヱトに決めた出典への考察
二番茶
新説「ヱトの60は、新芽と二度目の新芽の経過日数」

編集後記

<第9号> H15.10.18

ホツマの論点
編集部
ハヤスフ姫は何処に?

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第六章 改悪 ②
「クジフル岳」は「クシヒル」から思いついた
サルタヒコ神の水難事件のねじ曲げ
「五六の三」は70番の歌
「ナカヒ鳥」考
「占う」の語源
「トホカミヱヒタメ」
「土取り物語」の改悪:タギシミミ皇子の悲恋は削除
「ツ」は古代聖木の竹
古田武彦氏の「神武天皇入墨論」
ツヅ歌十音目別行の意味
北方民族の習慣を書いた渡来人

ホツマ語源辞典
なるほど彦
「ミーハー」

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
七章 陳寿は『神武東征』を知っていた
陳寿は『神武東征』を知っていた
「二人のハツクニシラス」の誤認
景初二年は誤りか

原文と現代訳 8アヤ
ホツマツタヱミハタノヤ タマカヱシハタレウツノアヤ(前編)
今村聰夫
図表 ヌエ
クズ(葛)

読者の声
赤坂元
古事記と日本書紀の違い ホツマツタヱとの関連

サルタヒコの神について
今村聰夫
はじめに
その生まれについて
その人となり
ニニギネとの関係
天照大御神との関係
天道の継承者サルタヒコ
大御神が危惧された変事
道を顕したサルタヒコ
カカンノンデン 時待ちて 道顕せよ
おわりに

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマと古武道 ②

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植えて数える(6)
スス暦の年表
スス暦の年表の解説
①ウオヒルギことアマテル神が生まれる(1,207,531穂)
「ハラミサカオリの場所」
②25鈴93枝のサナエ(37)夏 (1,445,617穂)
「オホナムチの最期の地、神上がり地」
③25鈴130枝年サナト(58穂)春の初日(一月一日) (1,447,858穂)
④26鈴16枝キヤヱ(41穂)弥生(三月) (1,501,001穂)
⑤26鈴17枝年ツウエ(23穂)ヤヨヰ(三月)初日 (1,501,043穂)
⑥29鈴501枝年サアト(38穂)キサラギ(二月)一日 (1,710,098穂)
⑦32鈴年ツウヱ(23穂)ウ月(四月)初 (1,860,023穂)
⑧36鈴34枝38穂如月(二月)望 (2,101,078穂)
⑨42鈴850枝年ネウト(60穂)八月四日 (2,511,069穂)
⑩49鈴911枝年キアヱ(初穂)初(一月)三日 (2,934,661穂)
高千穂宮
タケイワタツ
ニニキネの高千穂の峰入り

編集後記

<第10号> H15.12.20

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第六章 改悪 ③
アシツ姫がシンデレラ最古の原形
「その母」とは実母か継母か
ニニキネが届けた謝罪の和歌
アシツ姫物語から葉限物語へ
民話では花嫁教養試験に和歌
『越後のシンデレラ』
越後に残った『松坂の歌』
アワフクの和歌の再検討
アシツ姫が誓った桜の痕跡
アシツ姫が最古のシンデレラ

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
八章 卑弥呼とは誰か
卑弥呼は日本史上の誰なのか
卑弥呼はなぜ卑字で表記されたか?
卑弥呼の読みは?
卑弥呼はいつ死んだか
卑弥呼はなぜ死んだか
卑弥呼はどこに葬られたか
筑紫君の祖甕依姫(ミカヨリヒメ)=卑弥呼説
ヒメコという長野方言は花嫁
卑弥呼が魏使に面会しなかったら非礼
卑弥呼の死後の男王は難升米?

原文と現代訳 8アヤ
ホツマツタヱミハタノヤ タマカヱシハタレウツノアヤ(後編)
今村聰夫
図表 イツナ(飯綱)

読者の声
朝間ヒラク
京都新聞『書の万華鏡』(石川久楊)の五十音図とホツマ偽書説

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマと古武道 ③

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植えて数える(7)
マガリサシ「思兼命の発明品」
天の巡りの マガリサシ(曲尺)
曲尺と高尺と間尺と咫と寸の関係
マガリサシの円周率を3.125と仮解釈
火星の再接近と月の公転速度
古代人的な「月の公転速度」測定方法の考察
世の人の タカバカリ
キ(薬指)の100倍が、タカバカリ(身の丈)
八咫鏡の直径は、38~46cmもあった

編集後記

<第11号> H16.2.21

ホツマの論点
編集部
ホツマ暦と『ヤナヰカクロビ』

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第五章 改悪 ④
母には子の命名権がなかった
母が子の命名をするはずがない
「母の命名」と誤訳した理由
サホ姫も皇子の命名はできない
記の「七媛女物語」創作法
記は「笑みて」を「兄見て」と改悪
増税して名君と讃えられるか?

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
九章 二世紀後半からの倭国大乱
十章 南と東の誤認
誇大報告と陳寿の認識
十一章 女王以北は七カ国
倭国の三十国とは
十二章 一大国(壱岐)と一大率と伊支馬
図表 魏志倭人伝から考えられる国々の配置
引用 読売新聞H12.8.1 光正寺古墳 「不弥国」王の墓か

原文と現代訳 9アヤ
ホツマツタヱミハタノコ ヤクモウチコトツクルアヤ
今村聰夫

『ソシモリ』考
今村聰夫(?)

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマと古武道 四

ホツマ語源辞典 ⑨
なるほど彦
アホウ鳥の語源
垂乳根

ホツマこぼれ話 厄払い
宮崎和歌子

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植えて数える(8)
古代の歴史書・ホツマツタヱ
スス暦で、朔望月が成り立つか
スス暦と「望」
「望」~「望」まで
紀元前約1,000年頃に、月相で僅差約3.9日のズレ
僅差約3.9日のズレは、月齢にて13日と16日
古代、1朔望月の日数の計算
古代、創世記(スス暦当時)の1朔望月は、約29.5317229日
現在と比較し、古代の1朔望月が約98秒も長い
98秒の秘密
手がかりは1朔望月の長さの差
「ヤナヰカクロビ」
隠ろ日は1ヱトの差

編集後記

<第12号> H16.4.17

ホツマの論点
天田上師久
『ホツマツタヱ』原典における助詞「は」について

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第七章 削除 ①
国語辞典に「赤い糸」がない理由
タカヒコネ問答歌の答えを削除
ホツマ難語「カモ」に手がかり
「也」の衝撃
歌の名『ヒナフリ』も誤訳だった
「赤い糸」で結ばれた二人

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
十三章の一 九州に九カ国
狗邪韓国
対海国
一大国
末慮国
伊都国
奴国
不弥国

ホツマ語源辞典 ⑩
なるほど彦
『かくれんぼ』の語源

原文と現代訳 10アヤ
ホツマツタヱミハタノソ カシマダチツリタイノアヤ
今村聰夫
「三代物主御子の歌」
「勝手神世継ぎ得るの歌」

読者の声
赤坂 元
日本独自の文字は、なぜ世の中から消えたのですか?

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマと古武道 五
天然理心流の流風
近藤勇が養父周斎に宛てた書翰

ホツマこぼれ話
草壁大和
赤い糸は出雲の縁結びと共通のルーツを持つ

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
マサカキを植えて数える(9)
875隠ろ日
アスス暦
御世カンタケの 大ひなるかな
カンタケ天君の初年の年・月・日 ヱトの確認
カンタケ天君の御世の「暦」を再現
アスス暦「隠されていた1年の月数」
隠された「1年は9ヶ月」の検証

編集後記
松本先生一周忌

<第13号> H16.6.19

ホツマの論点
編集部
大きな数字「マス」 億でいいのか

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第七章 削除 ②
記紀はステシノも削除
乗馬上違法は削除された
雷神『飛び立ったタカヒコネ』
赤い糸は東から西に伝わった
孫姫式をヒコメシキと読む理由
能因法師・アラガネ=短慮
後世になるほど情報は崩れる
スガタ姫の諫言は削除
稲の古名「ゾロ」の多出
開化天皇への諫言は削除
剛直三輪一族
『欠史八代』は実在した天皇
葵・桂の章は削除

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
十三章の② 九州に九カ国-①
投馬国
投馬国=出雲説
投馬国=吉備説
投馬国=西九州説
投馬国=鹿児島説
『ホツマツタヱ』にツマ国が書かれていた
邪馬台国の比定は投馬国と無関係という認識
「水行二十日、投馬国に至る」
ホツマツタヱ三十八章
邪馬台国
邪馬台国の表記
「上代八母音説」は謬説だから決め手の役目をしない
国東(くにさき)半島という名

原文と現代訳 11アヤ
ホツマツタヱミハタノソヒ ミクサユツリミウケノアヤ
今村聰夫
ヤサカニのマカリ玉
ヤタの鏡
ヤヱガキの剣
画像 勿来海岸 勿来の関跡

ホツマ語源辞典 ⑪
なるほど彦
「ワ」=「地」の意味から派生した和語
「アワ」
「スワ」
「ハナワ」

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマと古武道 六
天然理心流の流風 ②
日野・新撰組関連年表

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
アスス暦 「隠されていた1年の月数」(2)
新羅の王子「ヒボコ」の来客時期の訂正
新羅の王子「ヒボコ」の来客時期の真実
新羅の王子「ヒボコ」の来客年代のホツマ的訂正
アスス暦と名を変えて
今までのアスス暦の解読への取り組み
19年周期の太陰太陽暦での悪戯(1)
19年周期の太陰太陽暦での悪戯(2)
太陰太陽暦の悪戯の究明
391年周期太陰太陽暦の発表
19年周期の太陰太陽暦と391年周期の太陰太陽暦の比較
ヱトの起源への提言
図表 1年の月数の比較
1年の日数の比較
アスス暦の太陰太陽暦
ホツマツタヱ・アスス暦の真実
アスス暦、将来の検証の可能性

編集後記

<第14号> H16.8.21

ホツマの論点
編集部
クマノ イリオモテ

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第七章 削除 ③
菊理媛の忠告を削除
「ウナヅキ編みて」の削除
長さの単位は削除されたが、、、
饒速日命の第一次天孫降臨を削除
九州で巨木の発見が待たれる
富士山の記事が記紀に全くない謎
『ホツマツタヱ』富士八湖の驚き
オトタチバナ姫はタジマモリの娘
タジマモリの遺書も削除
ヤマトタケの子女は十五人もいた
削除の原則
タジマモリの小学唱歌
画像 四尾連湖

ホツマ語源辞典 ⑫
なるほど彦
「そさ」「ソサグイ」

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
十四章 遠絶二十カ国の比定
九州説からの比定
遠絶旁国・二十一カ国の答え
斯馬国
已百支国
伊邪国
都支国
彌奴国
好古都国

読者の声 Q&A
赤坂 元
文春新書の『日本の偽書』

原文と現代訳 12アヤ
ホツマツタヱミハタノソフ アキツヒメアマガツノアヤ
今村聰夫
画像 隅田川神社

ヲシテにおける 助詞の「は」について
今村聰夫

ホツマよもやま話
芝村正
ホツマと古武道 七
無外流の流風
無外直伝剣法訣十則

ホツマの植物
オキナグサ

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
一読者の素朴な疑問
日本と中国とホツマツタヱの古代年代の比較
中国・周の王墓群か
弥生時代の始まり
ホツマツタヱ古代の始まり
日本の古代年代の弱点
古代書物の弱点とホツマツタヱの暦
ホツマツタヱと中国の古代書物による年代の比較
一読者の素朴な疑問への回答
図表 ホツマツタヱと古代中国と日本の年代比較

編集後記

<第15号> H16.10.16

ホツマの論点
編集部
「シビレウミ」の痕跡探し

『ホツマツタヱ』真書の証明
朝間ヒラク
第八章 削除 ④
縄文土器の作り方が書いてあった
妊娠七ヶ月に守護神を作った理由
ホツマ文字はカタカナの祖形
鴨別雷神(ニニキネ)削除の理由
柿本人麻呂が歌聖とされた理由
「ひとり鴨寝む」は本歌取り

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國
朝間ヒラク
十四章 遠絶二十カ国の比定-②
不呼国
妲奴国
対蘇国
蘇奴国
呼邑国
華奴蘇奴国
鬼国
為吾国
鬼奴国
邪馬国
躬臣国
図表 21カ国の比定地図

ヲシテにおける 助詞「は」について
朝間ヒラク
格助詞「■」はカタカナ「ハ」の親文字

原文と現代訳 13アヤ
ホツマツタヱミハタノソミ ワカヒコイセススカノアヤ
今村聰夫

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦
吉田六雄
農耕の読者より質問
スス暦の再解説
図表 ホツマツタヱ スス暦 年表
ホツマヱトを並べたスス暦、アスス暦
ヱトで並べたスス暦の経過年数を探る
経過年数の疑問を探る
ヱトの差の計算方法は限界だろうか
農耕読者よりの質問に対する回答
紀元前660年の取り扱い

唱歌 「田道間守」 楽譜

編集後記

 

<第16号> H16.12.18

 

ホツマの論点

編集部

朝日宮の痕跡探し

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第九章 加上 ①

記紀編集者の意図と能力

表山は喪屋の駄ジャレ

三つ子を四つ子にした一書第五

一日で帰る一尋鮫は駄ジャレ

腰裳は越に行った大彦の越から

「鵜飼いが伴」は迂回の言葉遊び

『古語拾遺』は駄ジャレの原形

ツヅ歌のその後

回文歌の替え歌や崩れ

火神カグツチは殺されたか

ナマコの反抗を許さない話

『伊豆志袁登売物語』は加上

 

 

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國 倭人伝の読み落としをホツマツタヱで読む

朝間ヒラク

十四章 遠絶二十カ国の比定-③

巴利国

支惟国

烏奴国

奴国(重出)

奴国重出についての誤認

『広志』逸文に遠絶二十カ国の痕跡

十五章 邪馬台国の南の諸国

狗奴国

侏儒国

裸国・黒歯国

十六章 機内説批判

十七章 邪馬台国東遷説は成立しない

十八章 対応の声は「アイ」か「オオ」か

松本清張『清張通史』の誤認

 

ホツマ語源辞典 ⑬

なるほど彦

「みと」

 

読者の声 Q&A

赤坂元

ホツマの陰陽五行と中国の陰陽五行

 

原文と現代訳 14アヤ

ホツマツタヱミハタノソヨ ヨツギノルノトコトノアヤ

今村聰夫

 

ホツマツタヱの暦の考察 アスス暦

吉田六雄

天の真名井

玉杵の宮津の宮

真名井の原の 場所探し

スズはマサカキ

元伊勢一宮 籠神社

真名井の原で見る スズはマサカキ

「三百六十五枝」から「三百六十五日」への新見解

 

画像 真名井神社 天橋立

 

図 四尾連湖から蛾ヶ岳そして精進湖へ 富士を間近に望む空中散歩

 

編集後記

 

 

 

<第17号> H17.2.19

ホツマの論点

編集部

皇位継承とホツマツタヱ

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第九章 加上 ②

須佐之男命は父に処罰されたか?

ソサは大氣津比賣を殺していない

ワカラがかわらず輪韓河を加上

直訳 縄文弥生語の八世紀漢訳

倭建命の兄オホウス殺しは加上

『日本書紀』の直訳ぶりの見本

熊曽建を兄弟にふやした古事記

弟橘姫入水場面で三種の畳は加上

「白猪捕り」は「シライ鳥」から

『古事記』白鳥を追う歌謡は加上

『古事記』下巻が簡潔になる理由

 

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國 倭人伝の読み落としをホツマツタヱで読む

朝間ヒラク

十九章 邪馬台国の卜は乙類で山門のトは甲類という誤謬

二〇章 従来説の誤謬

 

原文と現代訳 15アヤ

ホツマツタヱミハタノソヰ ミケヨロヅナリソメノアヤ

今村聰夫

 

シビレウミ探索結果(仮報告)

今村聰夫 ホツマツタヱ赤坂研究会 シビレウミ探索旅行隊長

はじめに

なぜシビレウミは南か

相違を埋める仮説

四尾連湖で得られたデータ

富士宮市の 赤池・小林・山本姓

山宮

考察

1.    語地区の地理的条件

2.    赤池は元のシビレウミか

3.    富士山を取り巻く赤池姓の分布

4.    赤池姓の移動状況

5.    まとめ

おわりに

 

ホツマツタヱの暦の考察 アスス暦

吉田六雄

青年 ワカヒト

1年2倍暦

1年2倍暦の根拠

古代長寿本での真実の日付

ホツマツタヱ文献での真実の日付

1年2倍暦は、虚像

解読暦学手法

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

吉田六雄

鴨長明

瀬見の小川

画像 糺の森 河合神社 方丈

 

編集後記

 

 

 

<第18号> H17.4.16

ホツマの論点

編集部

 

読者からの手紙 鳥居とミミズク

 

『ホツマツタエ』真書の証明

朝間ヒラク

第十章 一音節語 ①

ホツマ文字文書の特徴は一音節語

一音節語が世界最古の言語

安本美典氏の日本語二音節語論

紀の一書はホツマ文字文書だった

『ホツマツタエ』が最古の国文学

本来の日本語は二音節語か

一音節語の表はどうなるか

生きていたキ・ツ・サ・ネ

「イキサツ」の語源が解けた

当然一音節語が最初に生まれた

 

陳寿が書いた邪馬國と邪馬台國 倭人伝の読み落としをホツマツタエで読む

朝間ヒラク

二十章 従来説の誤認

従来説二十の誤認

〈誤認1〉 邪馬台国は二十九カ国を支配する最大国であるという誤認

〈誤認2〉 最大の国(女王国)はのちの近畿大和に違いないという誤認

〈誤認3〉 卑弥呼女王は天皇家の天照大神かモモソ姫だという誤認

〈誤認4〉 女王国以北の国数の誤認

〈誤認5〉 水行と渡海の誤認

〈誤認6〉 南北に伸びる温暖な九州島の誤認

〈誤認7〉 投馬国の南に邪馬台国があるという誤認

〈誤認8〉 「女王国渡海千里」の海の誤認

〈誤認9〉 日程からいって九州邪馬台国はあり得ないという誤認

〈誤認10〉道里は正確で、南は東の誤りだという誤認

 

原文と現代訳 16アヤ

ホツマツタヱミハタノソム ハラミツツシムオビノアヤ

今村聰夫

 

ホツマツタエ歴の考察 アスス歴

吉田六雄

紀年

紀年の壁

アスス歴も日本書紀歴とおなじ紀年である

紀年構成の解析

紀年に対する新解釈

 

画像 シマフクロウ 宮崎・青島神社鳥居

 

編集後記 桜の開花と靖国神社

 

 

 

<第19号> H17.6.18

ホツマの論点

編集部

田中勝也氏のホツマ偽書論 ホイト ワカ

 

『ホツマツタエ』真書の証明

朝間ヒラク

第十章 一音節語 ②

キ・ツ・サ・ネの散文化

四音の枕詞は存在しなかった

韻文中の方角を削除した例

相撲の起源に東西があった

削除された富士八湖

ア(天)とワ(地)の証明

日本人の一音姓氏

人々の移動で言葉は変化する

アイウエオは日本語にだけある

一音地名の消失

一音節語が減った理由

『ホツマツタエ』にヤ行五音

大野晋氏の一音節語認識

『ホツマツタエ』無視のレベル

 

陳寿が書いた邪馬国と邪馬台国 倭人伝の読み落としをホツマツタエで読む

朝間ヒラク

二十章 従来説の誤認

〈誤認11〉誇張を短里と誤認

〈誤認12〉遠旁二十一カ国の「遠絶」と「旁国」の誤認

〈誤認13〉奴国重出についての誤認

〈誤認14〉倭地を周旋すると五千里という誤認

〈誤認15〉中国で高く評価されている陳寿を日本で低評価する誤認

〈誤認16〉「邪馬台国東遷節」の誤認

〈誤認17〉「神武東征」は史実ではないという誤認

〈誤認18〉漢代に百カ国が通好していたという誤認

〈誤認19〉謬節「上代八母音説」が三世紀にも存在したとする誤認

〈誤認20〉三世紀邪馬台国に関する資料は全くないという誤認

 

原文と現代訳 17アヤ

ホツマツタヱミハタノソナ カンカガミヤタノナノアヤ

今井聰夫

 

ホツマ語源辞典 ⑭

「西」=「ツ」に派生することば

 

ホツマツタエ歴の考察

吉田六雄

真実への挑戦・暦日の再照合

暦日の再照合結果

紀年構成の解析結果

遂に、紀年の壁を破る

 

画像 八咫の鏡が安置されている(?)とされる伊勢 皇大神宮(内宮)正殿

 

編集後記 本誌四年目になりました

 

 

 

<第20号> H17.8.20

ホツマの論点

編集部

ホツマの難語 「ハタレハルナ」ほか

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十一章 ホツマ象形文字論

「夏王朝実在説」とホツマ

方言「浜節句」からわかったこと

一音節語が最初に生まれた

松本善之助氏の「音標文字論」

酒井洋氏も表音文字と断定

ホツマ表音文字説では展望がない

古代の文字は必ず象形文字である

偽書説からの転換

土偶の目から「ミミズク神鳥説」へ

初にできたホツマ文字はハ*

両基『ハングルの世界』批判

漢字をもとに作った字は複雑

和語の語源とホツマ難語の解明

最近の学界の「神代文字否定論」

漢字とホツマ文字どちらが古いか

日本人が二つのカナを作った理由

ホツマ文字は一部カタカナに変化

伝写中に脱落した『ホツマツタエ』の記事

日本書紀始記にホツマ文字の痕跡

仮名日本紀の仮名とはホツマ文字

 

ホツマ語源辞典 ⑮

髪の毛の語源

 

十七アヤ・難語の解釈

あらこききてん

おさざずり

これうんつ

さそあしなんど

しゐばふすりも

つくもかたるも

これみうん

なろますこちに

 

ホツマこぼれ話

女子大生との会話 縄文時代

 

ホツマ五行と中国の五行からわかる『オノコロ島』の意味

創喜

図版 平面五行図

図版 立体五行図

 

原文と現代訳 18アヤ

ホツマツタヱミハタノソヤ オノコロトマジナフノアヤ

今村聰夫

 

ホツマツタエの暦の考察 アマテル神の年齢

吉田六雄

アマテル神、永らえて

アマテル神誕生秘話

アマテル神の年齢の考察

 

 

 

<第21号> H17.10.15

ホツマの論点

編集部

****

 

『オノコロ島』真書の証明

浅間ヒラク

第十一章 ホツマ象形文字論-②

太陽とミミズク

カナとは「太陽・ミミズク」

『ホツマ三書』に多い一音節語

[清音]

[濁音

 

ホツマこぼれ話

ヤナヰカクロビと天中殺

人間の肉体の空間分類

十干十二支の組み合わせ

ホツマ・ヱトと中国六十干支

時間の経過

60干支の成り立ち

  • 時間だけあって空間がない時間

ホツマ暦

ホツマ21アヤ

ホツマ暦と60干支の対比

 

 

ホツマツタヱミハタノソコ   今村聰夫

《原文》安聴本より引用

(上)ノリノリヒトヌキマノアヤ

(下)ノリノフミテルタエノアヤ

 

《訳文》

ホツマツタヱ御機の十九

(上)乗り法一と貫き間のアヤ

(下)乗りの典照妙のアヤ

 

ホツマ語源辞典-⑯

〈恙なしや〉

 

ソサノオの生まれ年と日蝕

ホツマツタヱの暦の考察

ソサノオ・ハナキネ

日蝕計算は、天文学的な回数

東京天文台への質問

蝕みは、日蝕のこと

東京天文台のお答え抜粋・検証

日蝕プログラムの改良

日蝕計算プログラムの精度と観測点

ソサオノの生まれ年の考察

紀元前1296年~紀元前1266年までの日蝕

 

 

 

[第22号]

検証ホツマツタヱ真説・日本古代史

ホツマ出版会

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

浅間ヒラク

第十二章ホツマ文学の痕跡

  • 日向数夫「世界の文字」
  • 神代文字否定論に大穴
  • ハート形土偶に渦巻文字
  • 茨城県土偶の後頭部にホツマ文字
  • 「ホソマツタヱ」は禁書にされた
  • 「日本書紀私記」(甲本)の証明

● 渡来人が私記に朝鮮語を残した

  • 叡山文庫蔵「日本記神代巻聞書」にホツマ文字ア◎
  • 平安時代のヲコト点にホツマ文字
  • 明治政府の地券の裏にホツマ文字
  • 谷崎潤一郎「鍵」徒事にもホツマ文字
  • 他にもホツマ文字からのヲコト点
  • ンの各種古形もホツマ文字***から
  • 一本の縦棒でネ、メ、リと訓む謎
  • 円城寺のヲコト点とホツマ文字
  • 左下を「セル」と訓む特殊例
  • アルファベットは文字ではない
  • 甲骨文字を作った商(殷)の武丁 宮城谷昌光「沈黙の王」より
  • ホツマ文字は記紀万葉の下書きに使われていた
  • 家紋とホツマ文字は深い関係
  • **形の神額とホツマ文字
  • ホツマ文字ユと湯殿山神社の人形
  • 国字「凧」はホツマ文字から合成
  • ***のキはホツマ文字
  • 万葉仮名テ弓**文字から
  • アワビは時計回り巻き貝
  • 「ヌシタマ神社」とホツマ文字
  • ホツマ文字へ**からカタカナ・ひらがなの「へ」へ
  • **縁にホツマ文字ン********
  • 豊国文字のホ (□の下に縦棒)
  • 「ホツマツタヱ」の八日が十日に
  • ホツマ文字二*とホツマ文字モ*
  • 『出雲風土記』はどうか
  • 玉名市出土:鎧の留め具に「田」(平9.2.14朝日夕刊)
  • 大野普説:「伊津之尾羽張神」は初め「乎波之利神」だった
  • 「玉垣のユツ国」など存在しない
  • 南伊予の由良神社にホツマ文字
  • 無数の小社を整理した明治政府

 

〈射水神社祭神はモモヒナギ・モモヒナミ(中川説)を批判する〉

 

高岡市射水神社祭神はイサナギ・イサナミである

 

◎射水神社の語源:松本善之助説「斎つ」の誤り

◎射水神社の祭神をイサナギとする六つの根拠

◎射水神社の祭神をニニキネ尊とした社伝の根拠

 

ホツマこぼれ話

輪廻転生の思想とキトラ古墳

 

ホツマツタヱミハタノフソ

スメミマコトグサヱルアヤ

≪原文≫-安聴本より引用

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十

皇御孫十種得るアヤ

 

アキニのフトマニ歌

 

ホツマツタヱの地理史的考察   今村聰夫

<まえがき

一筑波山周辺の地理史的考察(その①

◎序説

◎両神とワカ姫についての基礎知識

◎筑波山西北麓に両神およびワカ姫の痕跡を見る

◎考察

 

ホツマツタヱ再発見その1

ホツマツタヱの暦の考察   吉田六雄

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

多賀の国府  ツボ若宮

旧ヤマテ宮の多賀城庁跡 今は昔

特別史跡 多賀城跡

多賀城政庁跡(内城地区)

塩釜神社

塩釜神社のご由緒

塩釜神と塩土翁神との年代比較

志波彦神社

 

◎編集後記

 

 

 

検証 [第23号]

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十三章

ミミズク神鳥説-①

  • なぜミミズクの章を立てるのか
  • 空飛ぶ能力への崇敬
  • ミミは単なる美称ではなかった
  • 古代語のミミと現代語の耳
  • 倭人伝投馬国の大官は「ミミ
  • タカツトリの災いとは何だったか
  • 国造とは国鳥ミミズク
  • 耳のある出土物・外耳土器
  • 二股冠埴輪の復元公開
  • 神鳥の国日本
  • 金の鵄はトビではなかった
  • 白鳥伝説も誤訳だった
  • 旧石器時代和語イシ・ウツハ
  • 毘沙門天と不動妙王の原型
  • 全国方言辞典で神鳥ミミズク発見
  • 方言による神鳥ミミズクの証明
  • 辞典から「クル」が消えた
  • オシ鳥も昔はミミズク
  • 旧データの中でも叫び続けていたミミズク

 

ホツマツタヱミハタノフソヒ ニハリミヤノリサタムアヤ

今村聰夫

≪原文≫-安聽本より引用

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十一

ニハリ宮法定むアヤ

 

ホツマこぼれ話

【回り歌】前から読んでも後ろから読んでも同じ歌

 

ホツマツタヱの地理史的考察

今村聰夫

  • 筑波山周辺の地理史的考察(その②)

◎序説

ホツマ(容聽本)一アヤ一ページ

◎歌姫神社について

◎歌姫神社と歌垣

◎考察

 

ホツマツタヱ再発見その2

ホツマツタヱの暦の考察

吉田六雄

勿来関

 

◎編集後記

 

 

 

検証 第24号

 

ホツマの論点

朝間 ヒラク

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十三章

ミミズク神鳥説―②

  • 古代天皇の和名と神鳥ミミズク
  • 武光誠の「ミミ」解釈
  • 古語ツクに生きる神鳥ミミズク
  • 『古事記』序文のタラシとクサカ
  • 延喜式神名に残る神鳥
  • 奇祭の謎
  • 無視され続ける『ホツマツタヱ』
  • 謎の接頭語「イ」はミミズク
  • いつから神鳥ミミズクは悪鳥にされたか
  • 『ホツマツタヱ』の神鳥の描写
  • 神鳥ミミズクを悪鳥にした中国
  • すぐそばまでは来ている学者
  • 中臣六月大祓祝詞にミミズク
  • 考古学者の誤り
  • 写実的なヘビのモチーフは誤認
  • 「申鳥在中央」銘の古鏡
  • 「取り置き(葬儀)」は「鳥置き」
  • 鳥居は日本のトーテムポール

 

ホツマツタヱミハタノフソフ オキツヒコヒミツノハラヒ

今村聰夫

≪原文≫-安聰本より引用

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十二

オキツヒコ火水土の祓ひ

 

ホツマ語源辞典-⑰

 

ホツマ鈴暦の考察

創 喜

一鈴(真榊1本)60,000年の謎

鈴暦の性質

木星公転周期の誤差

干支暦

図解によるまとめ

<あとがき>

 

 

アスス暦

ホツマツタヱの暦の考察

吉田六雄

アスス暦

アスス暦と紀年の比較

アスス暦と紀年の比較検証の結果

 

◎編集後記

 

 

 

検証 [第25号]

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十四章

ミミズク神鳥説―③

  • **向石塚古墳の堀に新事実
  • 朝鮮語クル=文字は日本に文字があった証拠
  • 死に当たる和語はなかったか

<私感>

  • 吉田金彦説:マカレとマガレ
  • 秀真伝を偽書とする新潮社の本
  • 地名は旧石器時代和語の遺存
  • ミミズクの意味を持つ姓氏の存在
  • ハットリ姓はなぜ服部と書くのか
  • 中国の鳳凰は鳥トーテム連合
  • 四国の古名はソアサ国だった
  • ミミズク・フクロウの声
  • 音無神社はミミズク崇敬の証拠
  • 「いかなる権威にも椅りかからず」
  • 博多の語源がわかるホツマ
  • 「夕づく日」は『玉葉集』等へ
  • 駿河国の歌枕「清見潟」
  • 日本人がネズミを食わない理由
  • 犬の名「アユキ」は「アシユキ」

<参考>

<追加>

  • 娘たちを六天皇の皇后にした男

<私解>

<私解>

<私解>

<私解>

<私解>

<私解>

<追加>

  • 九代開化天皇の皇后は不適切

 

ホツマツタヱミハタノフソミ ミハサダメツルギナノアヤ

今村聰夫

≪原文≫-安聰本より引用

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十二

御衣定め剣名のアヤ

 

ホツマツタヱの地理的考察

今村聰夫

一、筑波山周辺の地理的考察(その③)

◎序説

◎梅原日本学の先見性

◎藤原不比等はホツマを秘蔵していた

◎神話の彼方に追い遺られたニニギネ

◎ニハリ宮殿は常陸総社

◎重層遺跡に埋没したニハリ宮

 

◎編集後記

 

 

 

 

検証 [第26号]

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十五章

渡来人の漢約訳-①

  • 朝鮮系渡来人が『ホツマツタヱ』を漢訳した
  • 記紀・万葉は朝鮮系文化人が編纂
  • 「天孫降臨」神話の謎を解く

<私感>

  • 天孫降臨は朝鮮系文化人の望郷
  • 笠沙とカササギと望郷
  • 記紀にちりばめられた朝鮮語
  • ウケモチの死と五穀の朝鮮語はすでに知られていた
  • 姫を「比売」と書くのは朝鮮語
  • 「ヲグナ」は童男でよいか
  • 大己貴命の中の朝鮮語
  • サヌの命も朝鮮語から
  • 『ホツマツタヱ』地君(ワキミ)を吾君(アギ朝鮮語で赤ん坊)と改悪
  • 素戔鳴尊は新羅まで追放されたか
  • 霊峰富士の記事が記紀にない理由
  • 日本書紀私記にも朝鮮語の痕跡
  • ゲゼル神話

<私感>

  • 日本神話が新羅や伽倻の神話に酷似している理由
  • 古田武彦:韓国の笠沙の御前
  • 天然ニニキネは穀霊ではない

<出展>

<私感>

  • 戦後、神話は嘘とされた

<私感>

 

 

ホツマツタヱミハタノフソヨ コヱクニハラミヤマノアヤ(上)

今村聰夫

≪原文≫-安聰本より引用

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十四

扶桑邦ハラミ山のアヤ

 

 

ホツマ語源辞典-⑱

「ほろ(幌)」の語源

<なるほど彦>

 

 

ミミズク神鳥説の考察

天海天理

フクロウに関する事例

  • 民俗学のフクロウ
  • 世界・日本のフクロウ
  • 文学・歌でのフクロウ
  • 言葉としてのフクロウ
  • フクロウに関する事例のまとめ

ミミズクではない事例

  • 朝間氏の「取り置き(葬儀)」は「鳥置き」(検証 ホツマツタヱ第24号)の説

2、  大分の昔話

3、  ホツマツタヱ 第7章

4、  先に挙げた2・4の事例の考察

『神鳥ミミズク説』の考察のまとめ

 

ホツマこぼれ話

縄文人は地球丸いことを知っていた

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

まぼろしのキヨミ(湖)探検旅行の調査報告

吉田六雄

研修旅行

赤坂出発~富士宮・山宮

赤池さんとの談笑

シビレウミか?

キヨミ(湖)と旧・清水市

三保の松原、羽衣の松

幻のキヨミ、発見!

<天女の池(羽車稲荷御上池)の由緒>

清見潟スポーツセンター、清見寺

 

◎編集後記

 

 

 

検証 第27号

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十五章 渡来人の漢訳-②

  • 伊久牟尼利比古;表記の謎解明
  • 人名要素に足(タリ)表記の多さ
  • 菊を「クク」と読むのは朝鮮語
  • 手をソンとよむのは朝鮮語
  • 牛頭天皇はなぜ素**:鳴尊のことか
  • 伊弉諾尊の諾はなぜナキと読むか
  • 沼の朝鮮語はヌ
  • 愛媛県の愛(エ)は朝鮮語か
  • 自らをナというのは朝鮮語
  • 井上赴夫:記紀神話の解釈
  • 献上された出雲にニニギが降りない理由

<出典>

<私感>

  • ホツマには「出雲強奪」がない

<出典>

  • 出雲とは何か
  • 「天孫降臨」の地が不明な理由
  • 出雲をめぐる二つの旧歴史観
  • 朝鮮史書を持ち込んだ亡命文化人
  • 意味不明の「ホツマ神話」は削除
  • 渡来人の漢字かき分けが「上代八母音説と誤認された
  • 梅原猛「百人一語」朝日新聞連載記事の要約

<私感>

事故死のハナコを祭る神社?

  • 王子神社の祭神は天照大神
  • ソシモリは和語で日没であった
  • 「一松の歌」の原詩の合理性
  • 記の「剣の太刀」は不合理
  • 朝鮮語小考
  • 日朝の「友達」という言葉
  • 慶州の双円墳が日本にもあった
  • 渡来人は『フトマニ』説明できなかった

 

 

難解『フトマニ』を分析する〈1〉

朝間ヒラク

  • 日本人は『フトマニ』という言葉だけは知っていた
  • 『古事記』二神結婚と『フトマニ』
  • 『日本書紀』の『フトマニ』記事
  • 記紀の原典『ホツマツタヱ
  • 『フトマニ』も真書である理由

 

 

ホツマこぼれ話

言霊

 

 

ホツマツタヱミハタノフソヨ コヱクニハラミヤマノアヤ(下)

今村聰夫

≪原文≫-安聰本より引用

<訳文>

ホツマツタヱ御機の二十四 扶桑邦ハラミ山のアヤ

 

 

{シビレウミ探索その後}シビレウミ探索旅行隊長 今村聰夫

序論

明日見湖と宮下姓

建武の中興を促した宮下家の旧文書

赤池姓について再考する

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

長崎県・高来の古里を考える 再発見      吉田六雄

タカク・高来

タカクの意味

高来神社

長崎県・高来での、タカクの意味

中国より朝鮮への漢字の伝来

漢字の伝来から見る「高来」

「高」→「タカ」の読み方

タカクの一音節の意味

景行天皇が渡った「タカク」

 

 

◎編集後記

 

 

 

検証 [第28号]

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十六章

八母音はなかった-①

  • 怪物「上代八母音説」を倒す
  • 「上代八母音説」とは何か
  • 「上代八母音説」の欠陥
  • 「上代八母音説」スタートの誤り
  • 用事例を決めてから翻訳開始
  • 八母音が消えた不思議
  • 「ヱ」の甲乙二類の書き分け
  • 『ホツマツタヱ』にヤ行の「エ」
  • 「キ」甲乙二類に書き分けた理由
  • 木の種類で音が違うか
  • 「ケ」の甲乙二類の書き分け
  • 東歌へのいじめが見えないのか
  • 「コ」の甲類は「子・小」概念
  • 「恋ひ」の用事例を発見
  • 「コ」の乙類は「偉大・高貴」
  • 「ソ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「ト」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「渡来人用事例説」と異例
  • 「ド」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「ノ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 同じ言葉の甲乙二類の書き分け

 

 

難解『フトマニ』を分解する<2>

朝間ヒラク

  • トヨケが選んだ「ヲ・ネセ」歌
  • 池田満編『校注ミカサフミ・フトマニ』平成11年展望社の価値
  • 立派な「池田あとがき」
  • 「ヰヨノウタコトオムスバズ」

 

 

ホツマこぼれ話

三書比較

 

 

ホツマツタヱミハタノフソヰ ヒコミコトチオヱルノアヤ

今井聰夫

≪原文≫

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十五

日子尊**オ得るのアヤ

 

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

西南へて至る 酒折の宮に

吉田六雄

ヤマトタケ 東征の足跡を追って

東征への旅立ち

東夷征伐・東国平定ルート

西南へて至る 酒折の宮に

現在版・ヤマトタケの足跡を辿る

東国平定ルートと神社のご由緒比較

<静岡県>

<神奈川県>

<千葉県>

<茨城県>

<福島県>

<山梨県>

<神奈川県>

<埼玉県>

<神奈川>

<山梨県>

<長野県> <岐阜県> <愛知県>

<東京都>

酒折の宮の所在地(考察)

 

 

◎編集後記

 

 

 

 

検証 [第29号]

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十六章

八母音はなかった-②

  • 「ヒ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「火」は「日」の派生語である
  • 「ビ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「へ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 同じ言葉なのに音が違うか
  • 「ベ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「ミ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「カミ」の語源は一つ
  • 外国語の[神]の語源
  • 「ン」音がなかったはずがない
  • 「メ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「ヨ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 夜と昼の中間が[「ロ」宵]
  • 「ロ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「黒・白」と「色」のロ音が違う不合理
  • 「モ」を甲乙二類に書き分けた理由
  • 「ハ」を書き分けなかった理由
  • 甲乙二類以外の語の用事例
  • カタカナを創出した理由
  • 万葉仮名は読みやすさの極地
  • 記紀・万葉に朝鮮系編纂者がいた証拠
  • 『韻鏡』について
  • 実態は意味重視の漢字表記

 

 

難解『フトマニ』を分析する<3>

朝間ヒラク

  • 「ヰヨの歌は五四調の歌」という大誤認
  • まだ理解できない人のために
  • 『フトマニ』ルールでわかる神名
  • 「ヰヨ」は「真実」として残る

 

 

ホツマ語源辞典-⑲

「ハタレの語源」

<なるほど彦>

 

 

ホツマツタヱミハタノフソム ウカヤアオイカツラノアヤ

今村聰夫

≪原文≫-安聰本より引用

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十六

ウガヤ葵桂のアヤ

 

 

第二十六代継体天皇と古代文字「ホツマ文字」

(その一)       堀 誠 宏

 

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

西南へて至る  酒折の宮に(2)

吉田六雄

西南へて至る

(読者の質問に答えて)

酒折宮の所在地

(読者の質問に答えて)

富士山・南麓にあった酒折宮(考察)

24-69文

24-70文

吉田六雄様

24-69文

24-70文

説明文

大明見にあった酒折宮(考察)

(三二アヤ10頁)

(三二アヤ)

(吉田のコメント)

 

ウスヰの坂

(つづく)

 

 

◎編集後記

 

 

 

 

検証  [第30号]

 

ホツマの論点

 

『ホツマツタヱ真書の証明』

朝間ヒラク

第十六章

八母音はなかった-③

  • 結論:八母音はなかった
  • 五母音の『ホツマツタヱ』が真書なら「上代八母音説」は偽物

【読者へのお願い】

  • 「渡来人用字例説」:朝鮮系渡来文化人が漢字で意味を書き分けた
  • 「上代八母音説」批判
  • ミコトの漢字による書き分け
  • 異例に困惑する「上代八母音説」
  • 都の異例:日本人の音韻はむやみに音転したか
  • 風土記の「恋」の異例「古比」
  • 同一語の甲乙二類表記
  • 意味の書き分け
  • 合理的な「渡来人用字例説」
  • 東歌は「上代八母音説」から除外
  • 大野・古田論争のズレ
  • 上田正昭氏から大野晋氏への問い
  • 書き手は同じ漢字を複数の音に読ませたか
  • 上田正昭氏の疑いと大野晋氏の見落とし

(中略)

<私感>

  • 日本人に難しい朝鮮語
  • 「考え方はいろいろあるものだ」:松本克己教授の感想
  • 「上代八母音説」の害毒の例

<私解>

  • 小谷博泰氏も破綻に気づいた

 

 

難解『フトマニ』を分析する<4>

朝間ヒラク

  • 「アワの歌」から『フトマニ』へ
  • 『フトマニ』見ればケタお知る
  • 道端氏の円筒型『フトマニ』機
  • 清藤氏の八掛け三段階琺を批判する

(つづく)

 

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

天孫降臨の地と熊襲の古里を捜して(1)

吉田六雄

天孫降臨の地と熊襲の古里

天孫降臨の地

(二人のこと)

(コノハナサクヤ姫のこと)

(ニニキネのこと)

(語句の訳)

 

第二十六代継体天皇と古代文字「ホツマ文字」

(その二)     堀 誠 宏

(終)

 

 

♦編集部からのお詫び

 

 

ホツマツタヱミハタノフソナ ミヲヤカミフナタマノアヤ

今村聰夫

≪原文≫-安聰本より引用

≪訳文≫

ホツマツタヱ御機の二十七

御祖神船魂のアヤ

(訳)

 

 

◎編集後記

 

<以上>

 

 

 

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