Tweets for 2014-11-17

  • RT @gejirin1: 陰暦10月の異称「かみなづき(神無月)」は八百万の神々が出雲大社に集まり他の国にいなくなる月、と説明される。ホツマでも意味は「神が無くなる月」なのだが、神は八百万の神々ではなく「陽の神」である。陰暦11月または冬至の別称に「一陽来復」という語がある。 13:21:13, 2014-11-17
  • RT @gejirin1: だから「トコヨ国」とは「先行する時代の国々」「独り神の時代の国々」という意味だ。
    ところが時を経て人皇の時代になると、「トコヨ」はホツマ国・ヒタカミ国のことを言うようになる。ヤマトの政権が及ばない東国をトコヨと言うようになったようだ。 13:21:08, 2014-11-17
  • RT @gejirin1: ホツマにおいては「陽」と「男」は全く同じで区別がなく、どちらも「ヲ」と発音された。英語でオカマを「ゲイ(gay)」というが、辞書を引くとその原義は「陽気な」だと書いてある。おもしろい。ちなみに「陰」と「女」はどちらも「メ」と発音された。 13:21:04, 2014-11-17
  • RT @Bebe_Suave: 人の魂(タマ)は、
    アメ(天)より来たり、
    アメ(天)に還る(´✪‿✪`)

    そして肉体自体は借り物に過ぎない…

    また土地や家だって、
    総て自分のものではなく、
    地球さんに借りているものに過ぎない!

    今、地球規模で各地に異変が起きているが、地… 13:21:00, 2014-11-17

  • RT @gejirin1: 鹿島神宮は古くはカシマの宮と呼ばれた。これはカシマ守(タケミカツチ)が治める国の政庁宮という意味だ。しかし正式名はヒタチの宮であった。ヒタチには「日が立つ国・東の国」という意味もあるが「ヒタチ帯を賜った宮」という意である。これは妊婦のイキス(呼吸数)… 13:20:55, 2014-11-17
  • RT @gejirin1: 満月をモチヅキ(望月)と呼んだが、モチ(餅)も同じで「満ちたさま・熟れたさま」の意。「ムチムチ」なんかも同根だ。毎月の15日も「モチ」と呼ばれた。臼の中に搗いた白くて丸い餅を見たら、だれでも満月を連想したに違いないよ。月にウサギがいて餅を搗いていると… 13:20:51, 2014-11-17
  • RT @gejirin1: 日本には各地に「つきしま」という地名があり、だいたい海辺にある。これの原義は「尽き州」で「果ての区画・端の区域」だと思われる。九州=究州=尽く州(つきすみ/つくし:筑紫) もたぶん同じ意味だろう。「しま」は「区分・区画」の意で、水に浮かぶ島には限らな… 13:20:48, 2014-11-17
  • RT @gejirin1: 大和国春日県の「カスガ」という地名は、アマテルの「心地かすが」という発言から起こっており、「かす(高す・明す・炊す・活す)」+「が(如)」が原義。しかし何故「春日」と書くのかはわからない。
    http://t.co/jvBgUuF9Xj 13:20:44, 2014-11-17
  • RT @gejirin1: 【アタネ(阿多根命)】
    神武東征中、丹生川端に別雷山の御祖神 (ニニキネ) を写して、これを三日間祭り(奈良県宇陀郡榛原町大字高井字神定、伊豆神社)、その後に敵を討った。 13:20:40, 2014-11-17
  • RT @gejirin1: 【魂返し(タマカエシ)】
    乱れた「魂の緒」を解き、迷える「魂と魄」をそれぞれ「天と地の宮」に返すこと。ヰチチ(市千魂命) がこの方法論を完成。この功によりヰチチは、ココトムスビ(興台産霊神) またカスガトノ(春日殿) という名を賜り、中国(なかくに)… 13:20:33, 2014-11-17
  • RT @onoderato: しかして、「あまの〜」と言えば、世界を創造したとする、天御祖の精妙なる働きに依拠するなにか‥という意味をもつとなろう。
    確かに「あま」は「あめ」に比して動的な状態が含蓄されているという点で、幾分か高度な意味をもつ。
    尤も、「ま」を知るということは「… 13:20:10, 2014-11-17
  • RT @onoderato: この「たかま」とは、論理的知性の優位性を誇る現代人にむけ、古代の神々からの贈り物だ。
    論理性だけでは解き明かせないこの世界を、解く鍵を与えるものとして。
    この「た」と「か」がバランスする「ま」に「あ」が付けば、それは我々の本源となる天御祖(あめみお… 13:20:05, 2014-11-17
  • RT @onoderato: 「あま」は更に高度な意味がある。「ま」即ち「たかま」は、「た:左・芽吹く春・霊性」と「か:右・収穫の秋・分別と論理」という二極の意識場のせめぎ合い、バランスだ。
    それを統治に体現したものが左の臣と右の臣、「左右:まて」の臣。それは鳥の羽ばたきに擬せ… 13:19:58, 2014-11-17
  • RT @onoderato: 失礼、いま呟いた「二極」とは、次に呟く「た」と「か」の二極の意であった。これは後述に接続する。 13:19:56, 2014-11-17
  • RT @onoderato: この原初的体験の「め」がなす「あめ(天)」とは、人知が及ばぬ天なる体験と、その天に依拠するなにか、となる。
    この「あめ」、人は常にそれを体験しているけれども、それは無意識の底でである。
    この二極を含め「と」から「め」に連なる意識ステージの遷移によっ… 13:19:42, 2014-11-17
  • RT @onoderato: 八元神の深義については以前呟いたが、八音の後半「ひため」は特に人知を超えた響きだ。
    「ひ」は燃上がる情熱の意識場でありヒトの起点。「た」はそれを生む基、助けひたす意識場。真の意味の慈愛が生まれる場。「め」はその「た」が立つ基盤、原初的体験の場「〜な… 13:19:38, 2014-11-17
  • RT @onoderato: 「あめ」と「あま」どちらの響きにも「とほかみゑひため」八元の神が隠れている。
    八元神の最後の音が「め」。
    「ま」は、八元神の「た」と「か」がなす「たかま」の縮約表記とみる。
    「真手(まて)」を往古は「左右」と書いた。万葉集の原文にある。「ま」とは即… 13:19:32, 2014-11-17
  • RT @onoderato: 論理的思考を超えているとは、人知が及ばないところにその本義があるということ。
    なにも神秘化して人を煙に巻こうとしているわけではない。
    人知が及ばぬ、深い叡智を湛えているからこそ、かつて一音一音を神とみた。
    我々存在がこうして生かされている神秘なる働… 13:19:25, 2014-11-17
  • RT @onoderato: 天を意味する「あめ」と「あま」。巷間、「あま」の方が深い、あるいは神聖さでは上だと言う方も居るらしい。それについて、少し呟きたい。
    まづ、簡単にこうだと音義を解説するのは甚だ危ういと言っておく。
    なぜなら、「あめ」と「あま」のいずれも、論理的な思考… 13:18:41, 2014-11-17
  • RT @onoderato: 「あめ」と「あま」の違いが話題になったので、それについて少し。
    その前に、今まで「をして」に代る表記としてカタカナを多用してきたが、これを「ひらがな」に改めたい。古今和歌集に始まる「かな」こそが、をしてを失った後世、和語という音素体系をなんとか表現… 13:18:34, 2014-11-17
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