© 2014 hotuma shuppankai バックナンバー総目次 31号から60号 | 検証ほつまつたゑ © 2014 hotuma shuppankai

バックナンバー総目次 31号から60号

20140625114703

<第31号> 平成19年6月16日

 

ホツマの論点

編集部

『フトマニ』と清藤直樹氏からの手紙

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十七章 不比等 ①

記紀の陰に藤原不比等の陰謀

藤原氏は成り上がり貴族ではなかった

和銅元年の『禁書』とは何か

天智から贈られた藤原姓の語源

天照大神は男性指導者だった

春日神社の姫神は伊勢から来たか

天武天皇はアマテル女神化に無縁

推古天皇は何もしなかったか

最初の女帝推古誕生の謎

祖母から孫への譲位は『ホツマツタヱ』に存在しなかった

『天孫降臨』の謎は解明された

養老律令に藤原系天皇の強化

政治的配慮で免税記事を新税記事に改悪

『続日本紀』の禁書所持処罰令は『ホツマツタヱ』が対象

『先代聖賢所記』が『ホツマツタヱ』である

カナが二種類も生まれた理由

文化政策『風土記』撰進の裏面

 

フトマニ占い手順 ~ひとつの推論~

清藤直樹

 

原文と現代訳 28アヤ

ホツマツタヱミハタノフソヤ キミトミノコシノリノアヤ(上)

今村聰夫

 

ホツマツタヱ「ゆかりの地」を歩く

吉田六雄

天孫降臨の地と熊襲の古里を捜して (2)

霧島神宮

霧島神宮の御社殿

ホツマの鹿児島宮

鹿児島神宮

ヤマトタケに滅ぼされた熊襲

熊襲の地を捜して

鹿児島神宮史より見る「熊襲の地」

熊襲の本拠地、曽隼人はどこか

隼人町が、熊襲の本拠地であった

 

画像 京都市宮津市 籠神社

 

編集後記

 

 

 

<第32号> 平成19年8月18日

 

ホツマの論点

堀誠宏

アマテル神の御降誕秘話

アマテル神の年齢考察

 

『ホツマツタヱ』真書の証明

朝間ヒラク

第十七章 不比等 ②

持統記六年献上の『神宝書』の原型

『ホツマツタヱ』禁書で得た利益

「文字なし」とした『古語拾遺』の実態

真実を知る権利

「アワの歌」私解

朝間ヒラク

古い「アワ歌」私解を載せる理由

アカハナマ

「アワの歌」の目的

『天地(あめつち)の詞』完成度低い失敗作

『天地(あめつち)の詞』

『たゐにの歌』も失敗作

『たゐにの歌』

名作『いろは歌』に欠点

またまた大野普氏を批判

「七(ナ)」が「ナナ」になった理由

「足手まとい」を「手足まとい」といわない理由

 

難解『フトマニ』を分析する <5>

朝間ヒラク

人気沸騰の清藤論文を検討する

『フトマニ』表示法は二種類か?

『フトマニ』歌は三つの数字で表記してあるか?

「八一の五」は数字ではない

「ヤヒ」は「お灸」である

「シのハラ」歌を「八一の五」から選び出すのはくどくないか

マチ=『フトマニ』の別称

安聡も「八一之五」「五六之三」

 

藤原氏は本当にアメノコヤネの子孫か?

浅木若子

 

原文と現代訳 28アヤ

ホツマツタヱミハタノフソヤ キミトミノコシノリノアヤ(下)

今村聰夫

 

ホツマの論点

堀誠宏

天照大神の御宝算 補足

 

ホツマツタヱの暦の考察 スス暦

吉田六雄

伊勢神宮(外宮)に、ホツマツタヱがあった

倭姫とスス暦

スス暦の大きい暦数字

倭姫命世紀

外宮に実在した、スス暦

倭姫命世紀の大きい暦数字の検証

倭姫命世紀をホツマツタヱで検証

ホツマツタヱで見る御世(統治期間)

1,792,470余年の検証

アマテル神の誕生~スス暦の期間

アマテル神の生まれが、初年

倭姫命世紀に寄せて

 

フトマニ考

吉田六雄

和仁估安聡本『ホツマツタヱ』文 ホツマ・フトマニの占い

中国より渡来の「太占」「八卦」

ホツマ・フトマニの占い手順(マニアル)

フトマニ図

フトマニの語順を考える

モトアケ(フトマニ図)

モトアケと亀の甲羅模様の比較

日本古来の呪文

 

編集後記

 

 

 

** 以下 工事中 **

 

© 2014 hotuma shuppankai
© 2014 hotuma shuppankai
タイトルとURLをコピーしました