Tweets for 2014-06-15

  • RT @onoderato: 「とほかみゑひため」の意識ステージを見てきた。
    みると逆順の「めたひゑみかほと」でも良いではないかと疑問が立つ。それは一音の意味に通じていれば尚更。
    それはミカサフミにも記述があり、元明の上下・夏と冬の関係にある「ゑと:兄弟」は、兄なのに「と」を先… 18:38:52, 2014-06-15
  • RT @onoderato: いよいよ最後、
    「た」の次は「め」。見た目、危ない目(に遭う)の、原初的経験の「め」。
    この「め」無くして「た」の意識ステージは立ち上がらない。「た」に入れば忽然として「め」に気付く。
    瞑想を修めた哲学者、西田幾多郎が純粋経験と名付けた価値判断一切… 18:38:51, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 「ひ」の次は「た」。当初から縷々述べてきた「た」である。元明を神が覗くファインダーとみるなら「た」は左となる。「た」は活き育む作用、ここから情熱「ひ」が生まれ出る。「た」を得た者はいのちを得る。
    「左右(まて)の活き枯れを しかと聞け タの目は春の… 18:38:50, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 「ゑ」の次は「ひ」。「ひ」とは火・燈・陽・霊(ひ)。存在から表出・湧出し燃え上がる「ひ」。
    これは、情熱がほとばしり、みなぎる意識の働き。何かを成さんと奮い立つ姿。
    情熱が湧出し、燃え上がる働きの行き着く先には歓喜、恵み「ゑ」がある。「とほかみゑひ… 18:38:45, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 「み」の次は「ゑ」。「ゑ」とは恵みであり歓喜に酔う事。同時に恵み与える意。
    「八槽(やふね)の酒を 飲み酔(ゑ)いて(9-10)」
    「煮ゑ沈む 吉日(ゑか)一度(ひとたび)の御食はこれ(1-18)」
    歓喜があって始めて「み:身」に気付く。身体意識を… 18:38:43, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 「か」の次は「み」。「み」は身(身体)であり、見・観・視・看るの「み」。聖なる御(み)、実でもある。
    これは、吾ここに在りと、体験する主体となる身体の意識。
    積極的に具象的世界を「み」る意識状態を意味する。
    この身体の意識ステージがあって始めて「か… 18:38:39, 2014-06-15
  • RT @onoderato: さて、ここまで「とほか」三音の意識ステージを挙げてみた。このように各々の意識ステージは、次の語が前の語の意識ステージを支えるという関係がある。
    この関係を用いて、残る「みゑひため」の音(声)の意味を追ってみよう。 18:38:35, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 「と」は、その「ほ(誉・穂)」で評価した誉れ、成果を、整(ととの)え止(とど)める意識ステージ。
    ここが叡智「瓊:と」が宝蔵される場所であるなら、同じ恵みに預かる同胞同士が共有する、集合的無意識の場とも言えようか。
    「ひふみよゐむなやこと:ヒト」の… 18:38:34, 2014-06-15
  • RT @onoderato: その「ほ」は、誉(ほ)むであり、稲の穂(ほ)、立ち上る火焔(ほ)でもある。
    「か」が事別けした収穫を喜び、成果を皆が誉める意識ステージを意味する。客観的な評価の場。
    「た」の隣の「ほ」には特別なちからがある。仏陀を誉めちぎるお経の様式に、この誉む「… 18:38:30, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 「とほかみゑひため」の「た」と「か」については、いままで呟いてきたとおり。
    「右(か)の目は秋の 枯らす頃(23-67)罪ある者を 枯れと云ふ」
    「か」は、現代人の論理的な意識状態を意味する。前はここに評価する意識も含めたが、正確には一つ前の「ほ」… 18:38:28, 2014-06-15
  • RT @onoderato: いままで縷々、言霊、即ち、和語の48音には、即物的な語義と同時に精神的な意味も併せ持つと呟いてきた。
    それは、動詞の活用形にみる送り仮名も、実はそうしたものが働いているとも。
    それは「とほかみゑひため」の八音でも同じ。各々の音に対応する精神的状態、… 18:38:27, 2014-06-15
  • RT @onoderato: さて、をして文献の核心となる部分を出来るだけ呟いてみたい。
    太占図(元明)の中の八元神「とほかみゑひため」の現時点での理解。
    これは、日本的霊性のひとつとして知られる、いわゆる伯家神道の云う三種大祓・天津大祓「吐普加美依身多女」として今に遺るもので… 18:38:20, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 記紀が帰化人らの力に依存した以上、致し方なかった‥とも思うが。
    漢字導入後に起ったハ行点呼音の原因も判らず、帰化人らが誇りをもって記した外来音韻を和語音韻と信じて、「反切」で解いた結果、今に見るワ行を生んだということ。
    宣長は、憶良や人麻呂が案じた… 18:38:15, 2014-06-15
  • RT @onoderato: ところが、歌人を筆頭として古くから「を」をア行とみる五十音図が根強くあった。当時の言語学的には宣長の言説が正しいにも関わらずだ。
    だが今にしてみると、音素の体系の異なる中国音韻学の手法で和語を分類したと判明した以上、それは再検証されてしかるべきだろ… 18:38:12, 2014-06-15
  • RT @onoderato: これについては、前にも呟いたと思うが、
    ボタンの掛け違いは本居宣長の「字音仮字用格・おを所属弁」。これで初めてア行に「お」が確定となった。それに引きずられて、をして研究者が写本のルビ「を」を「お」に改めた。「お」をア行に置く系統は漢学をなす僧侶らが… 18:38:11, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 結果や客体を意味する「を」には元々、前の語に掛かって客体化する働きがあった。それが所謂「格助詞のを」である。
    ア行に「を」を置くのを訝しむ方も居るかも知れぬ。
    だが、をしての四角の形象を「を」と置けば、神代から記紀編纂の奈良時代、そして戦前まで、語… 18:38:09, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 同時に意識状態の遷移の意もある。それは言語的働きと言っても良い。
    空なる「あ」は、原因となる主体や未然の意を含む。風なる「い」は居る臨在の意。火なる「う」は意思や作用の意。水なる「え」は恵みや方途。埴なる「を」は結果や客体を意味する。これが所謂‥動… 18:38:04, 2014-06-15
  • RT @onoderato: をしてフォントを表示出来ないので、もどかしいが、この「あいうえを」は往時の物質観をなす。それが同時に意識観もなしているという話だ。
    即ち、空(空間)風(気体)火(燃焼)水(液体)埴(固体)の五態。軽から重へ、天から地へ、そして原因から結果への遷移に… 18:38:04, 2014-06-15
  • RT @onoderato: 現代との落差を追いかけてゆくと、いろいろな論点が見えてくる。
    それは、一音一音に込められた意識状態を知るという話でもある。
    その関連で、詳しく述べられなかったものがあった。
    ア行にみる古代の世界観と言語的意味が、見事に調和していること。この場合のア… 18:38:02, 2014-06-15
  • RT @10Qwaka: 承前余談)彼女はこんなお嬢様だったそうな、、 http://t.co/qH6oa42bsy 18:36:21, 2014-06-15

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